Articles コラム メタバース・スマートシティ​ 現実空間をフォトリアルな表現力で再現する、3D都市空間構築の最先端技術

ICT技術を駆使して社会問題の解決を目指す新しい街の姿「スマートシティ」や、その基盤を支えるオープンな行政管理システム「都市OS」など、まちづくりをDX化する関連用語がニュースをにぎわすようになりました。なかでも現実世界を3次元の仮想空間上に「双子」のように構築する「デジタルツイン」は、注目のキーワード。

今回は、東京23区をリアルタイムコンテンツ用に最適化した3D都市データ「REAL 3DMAP」シリーズなど、長年3D都市空間モデルの制作を手掛けてきた、株式会社キャドセンター(以下、キャドセンター)の取締役社長 橋本拓さん、コンテンツデザイン開発グループ 赤石隼也さん、中村勇樹さん、プロデュースグループ 岡本真希さんに、デジタルツインの現状と、3D都市空間モデルを構築するうえでの要点について話を伺いました。

左から、株式会社キャドセンターの橋本拓取締役社長、赤石隼也さん、岡本真希さん、中村勇樹さん

国交省の「PLATEAU」など、3D都市モデルの構築・整備とその利活用

デジタルツインの基盤に欠かせないのは、3D都市モデルの構築と整備です。国や地方自治体も積極的に取り組みを始めており、東京都では「東京都デジタルツイン実現プロジェクト」をスタート。2030年に「あらゆる分野でのリアルタイムデータの活用が可能」となるという目標を掲げています。また、国土交通省は2020年度から日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を目指すプロジェクト「PLATEAU(プラトー)」を始動しています。

「PLATEAU(プラトー)」の主なプロジェクト紹介と予算概要。都市空間情報デジタル基盤構築調査に10.5億円、都市空間情報デジタル基盤支援事業に10.5億が計上されている。出典:国土交通省都市局「Project PLATEAUの取り組みについて」

3D都市モデル制作技術を活用した水害時の避難シミュレーションの臨場感

キャドセンターは、技術の積み重ねにより、3D都市モデル活用の分野でも信頼を得ています。同社の制作事例のひとつに熊本県玉名市の防災VRコンテンツがあります。当該コンテンツは、玉名市一帯を流れる川が決壊した際に、住民が慌てずに避難ルートを選べるようになるシミュレーション体験ができるというもの。

「玉名市では1990年に大水害がありました。その経験から、洪水の際にあふれてくる水をリアリティのあるグラフィックで作れないか、という相談を受けたのが発端です。この防災VRでは、『PLATEAU(プラトー)』のデータと現地で撮影した数百枚の写真を使用したリアルな3Dモデルを作り、そこに大雨を降らせて水のたまり方を表現しています。水害の再現に関しては、熊本大学の本間里見教授、内山忠准教授にも監修していただきました」(岡本さん)

熊本県玉名市の防災VRで見ることができる水害の様子

災害時の避難シミュレーションはリアルであればあるほど、“自分の身に起こること”として受け止められ、もしもの備えとなります。自治体を中心に防災分野での3D都市モデルの利用が活発なのも納得です。

また水害そのものを過去の氾濫データなどからシミュレーションする場合、3Dモデリングでの水の扱いは難しくて、データに少しでも隙間があると、床と壁の間から水が流れ込んでしまい、正しい水害シミュレーションが行えなくなってしまうのだとか。いかに緻密な3Dモデルを構築するのか、それが正確なシミュレーションには欠かせないことなのです。キャドセンターが長年構築してきた3Dモデリング技術は、都市データを活用した防災シミュレーションにおいて、より正確なシミュレーションを行うための土台となっています。

もちろん、デジタルツインにもこの3Dデータ構築力が活用されています。そっくりなだけではなく、正確な計算を行うためにさまざまな実験やシミュレーションに耐えうる“本質的なリアル”を追求し実現した。この点が映画のCGとは異なる点だといえるでしょう。

:防災VRでは避難時の分岐ポイントも表示される

“見て納得”できるグラフィックを追求。「REAL 3DMAP TOKYO for XR」のフォトリアルな表現力

さらにキャドセンターでは、2023年6月に「REAL 3DMAP TOKYO for XR」をリリース。当サービスは、東京23区すべての建物をフルテクスチャー化し、窓ガラスの反射をも再現したフォトリアリスティック3D都市モデル「REAL 3DMAP TOKYO」を大手のゲームエンジン「Unity」に対応させたものです。

「REAL 3DMAP TOKYO for XR」ではフォトリアルな街並みはもちろん、刻々と移り変わる雲の様子なども表現されている

「この5~6年の間に、ゲームエンジン『Unity』を用いたリアルタイム3Dコンテンツが、ゲーム以外の分野でも増えてきています。デジタルツインはもちろん、防災のシミュレーションやマンション建設のシミュレーション、さらに映像制作でもリアルタイム3Dを活用しCGレンダリングにかかるコストを圧縮することも珍しくなくなっています。技術の進歩によってグラフィックそのものの表現力も上がってきているので、現状のリアルタイム3Dのコンテンツ制作におけるニーズへ対応できるデータとして『REAL 3DMAP TOKYOfor VR』 のアップデート版としてリリースすることにしました」(橋本さん)

国交省が主導する「PLATEAU(プラトー)」のサイトでも3D都市モデルは閲覧可能ですが、公開されているグラフィックは現時点ではシンプルなものも多い。最近ではCGを駆使した新海誠監督の映画などを一般のユーザーが見慣れているため、シンプルなデータを体験すると「あれ?」とギャップを感じることになることもあるのだそう。ユーザーに都市のグラフィックをリアルだと感じてもらうためには丁寧な作り込みが必要となりますが、そのための苦労もあるそうです。

「建物は主に1個ずつ手作業でテクスチャーを貼っています。特徴的な建物に関しては、夜景になるとどのように明かりが光るのか、また反射するのか、という点もしっかり取材しています。手作業と聞くと「アナログ」「時代遅れ」と思う人もいるかも知れませんが、きめ細かに構築されたデータだからこそ、最終的に3Dコンテンツを制作する際、都市の外観を演出で変更したり、建物や都市の形状そのものを加工したりして、独自のコンテンツ制作が可能になります。これは、フォトグラメトリなど自動生成されたデータではまだ実現できないことです」(赤石さん)

リアルに再現するために、航空障害灯が光るタイミングなどにもこだわっているそう。

「窓の灯りがついているかどうか、航空障害灯が明滅しているかどうか、そうした細かい演出の積み重ねで、都市の雰囲気は作られていると考えています」(岡本さん)

「REAL 3DMAP TOKYO for XR」で再現された新宿駅周辺の夜景シーン

実際に「REAL 3DMAP TOKYO forXR」で再現された夜の新宿駅周辺は、まさに“双子”といっても過言ではないほどのリアルさ。ビルの照明がついているフロアと消えているフロアのバランス、点滅する航空障害灯、光り輝くランドマーク。思わず息を呑む光景が広がっていました。

「ベースとなる基礎的な3D都市データは、現地取材を行い、新たに完成した有名なビルを1年に20棟ほど追加しています。こうしたデータやノウハウの蓄積があることは、我々の最大の強みでもあります。当社は、見て納得できるグラフィックを追求しています。どのような分野で使ってもらうにしても、そこは欠かせないゴールだと思います」(橋本さん)

3D都市モデル更新のための現地取材の様子

このような“見て納得のグラフィック”の下支えとなっているのは膨大なデータ。建築物や造形物、地形を測量して点の集まりとして処理する点群データの取得に関して、キャドセンターには長年のノウハウがあります。

また、ユーザーにとっては長時間の読み込みをすることなくグラフィックが見られるのも重要なポイントです。

「近年はコンピュータ技術が進化してマシンパワーが上がり、キレイな映像もそれほど負荷がかからず表現可能になってきました。ただ、私たちは技術が成熟する以前から、いかに映像をスムーズに動かすのか、ということをずっと考えていました。データ自体のどこを軽量化すれば処理が軽くなるのか、といった感覚は長年取り組んできたことで培われたものだと思います」(中村さん)

デジタルツインがもたらす現場の未来

このように、整備された緻密な3D都市モデルを基盤にしたデジタルツインでは、例えば工場などラインを止めることができない場所でのラインレイアウトや、作業員の導線などを事前に検証することやリアルに再現した街並みでの防災シミュレーションなどが可能になります。

「他社の例ですが、僕がすごいと思ったのは半導体メーカーのNVIDIAが作ったBMW工場のデジタルツインですね。非常にフォトリアルに工場を完全再現していて、新しいレーンを入れたらどれだけ生産性が上がるか、ここに重機を導入したらどうなるか、そうしたシミュレーションをリアルタイムですべて行えるんです」(橋本さん)

既に導入されている事例も多く、浸透しつつあるデジタルツイン。しかし、構成要素が多岐にわたり、複雑に絡む「都市のデジタルツイン」を構築するのは容易ではありません。正確な測量データの収集・活用はもちろん、ベースとなる3Dモデルの維持やきめ細かい更新も欠かすことはできないのです。

ニーズに対して手段を確保しソリューションを提供する

デジタルツインは今後もさまざまな分野で、私たちの生活を間接的・直接的に支えるコンテンツとなっていきそうです。

「前述した工場の事例のように、ラインは止められないけど、シミュレーションしなくてはいけない、というシーンにおいてデジタルツインは有効です。今までは紙と鉛筆でやっていたものが3Dになって、しかもこれだけリアルになった。今後、生産性を高めたい工場や商業施設での人流シミュレーションなどのニーズも高まってくると思います」(橋本さん)

防災、観光、都市機能の維持・効率化、人流の計算、メタバース的なエンタメ……。アイデア次第で無限の可能性を秘めるデジタルツイン。その土台となるのは経験に裏打ちされた3D空間都市データ構築の確かな技術力です。

「キャドセンターでは、デジタルツインという言葉が浸透する以前から、不動産のCG製作や都市景観の再現、大学の先生など専門家と協力しての防災シミュレーションにも取り組んできました。これまでキャドセンターがしてきたことが今、総合的にデジタルツインという形で実を結んでいると思います。重要なのは、単に都市データを構築して終わりではなく、お客様のニーズに対してさまざまな手段を確保し、それを組み合わせてソリューションを提供できるということ。これが当社の強みでもあります」(橋本さん)

今ある課題に対して、どのような解決法があるのか。キャドセンターでは、3D都市モデルを活用しながらそれらを伝えていくことも役割だと考えています。

その一端として、同社では6月28日~30日に東京ビッグサイトで開催される「第1回 メタバース総合展 夏」に出展。「REAL 3DMAP TOKYO for XR」のサンプル映像上映やコントローラーを使用し都市空間内を自在に移動できるデモコンテンツが体験できるほか、3D都市データを活用した最新制作実績も展示される予定です。

なお、現実世界を精密に仮想空間上に再現する「デジタルツイン」の将来性と課題については、GetNavi web掲載の「防災や教育分野への活躍期待、いまから知っておきたい最先端技術「デジタルツイン」の現状と可能性に迫る」をぜひ参照してみてください。

まとめ/卯月 鮎 撮影/我妻 慶一(人物)